中国の闇にも、光はある。
光は、中国のもうひとつの歴史をつむぐところで生まれている。
イアン・ジョンソンさんというジャーナリストが、今月アメリカで出版された本で伝えています。ここに登場するのは、中国共産党の「正史」に対抗し、「自分たちの歴史」を記録しつづけている中国人の姿です(China Keeps Trying to Crush Them. Their Movement Keeps Growing. By Ian Johnson. Sept. 21, 2023. The New York Times)。
徹底した思想統制と監視、弾圧が進む中国で、共産党の正史に対抗する歴史を研究するなんてほんとにできるんだろうか?
半信半疑でジョンソンさんの記事を読み、わかりました。中国にも真実を知りたいという人はいる、危険を冒しながら、彼らは共産党が隠す歴史的事実を発掘し、伝えつづけている。
そのひとつの史料が、甘粛省天水で1959年、学生たちが発行したミニコミ誌「星火燎原」( xinghuo liaoyuan、英語名は Spark)です。わずか8ページの手書き、ガリ版刷りの資料は、当時中国を襲った飢饉の甘粛省での惨状を克明に伝えている。飢饉は農民の収穫をすべて国有化する共産党の失政によるもので、3年間になんと4500万人もの餓死者が出たとされる。救済を求めた農民たちは武力で弾圧され、それを「星火燎原」で伝えた学生たちも43人が拘束され、3人が処刑されました。
大飢饉は、いまの中国の正史では「天災」とされ、共産党の誤りは存在しない。「星火燎原」も、それを書いて処刑された学生たちも、いっさい記録に残っていません。
けれど、広い中国にはこのミニコミ誌を発掘し、当時の資料を集め、保存していた歴史学者がいました。彼がある日、この事件を調べていたジャーナリストのジャン・シュエさんに500ページもの資料をPDFにして送りました。そこから、星火燎原や甘粛省の飢饉の惨状が64年ぶりに日の目を浴びています。中国の「裏社会」で。
大飢饉だけでなく、文化大革命や毛沢東路線の誤謬、天安門事件をはじめとする共産党の弾圧など、無数の史実がこころある歴史家やシュエさんのようなジャーナリストによって収集され、保存され、ネットワークを通して拡散されているとジョンソンさんはいいます。
いまの中国は、表現の自由ということでは真っ暗にしか見えない。しかしジョンソンさんの本を読み、そこに登場する人びとの姿を知ると、そうではないと思い知らされます。かすかではあるけれども彼らは光であり、闇が深いからこそくっきりと輝いている。
ジャン・シュエさんのことばがこころに響きました。
「異常な社会のなかで、私は正常でいたいのです」
(2023年9月26日)