ゾウは悲しい

 人工の象牙が開発されています。ゾウの密猟を減らすために。
 アフリカには1970年代末、130万頭のゾウがいました。その数がいまでは45万頭にまで減り、さらに毎年2万頭ずつ減りつづけている。象牙を目的とした密猟によって。1976年のワシントン条約による規制で、日本では象牙を見かけなくなりましたが、アジアやアフリカではまだまだ旺盛な需要があります(The alternative ivory sources that could help save elephants. 11 September, 2023. BBC)。

(象牙の加工品 Credit: E235, Openverse)

 かつて象牙は「白い黄金」とも呼ばれ、国際市場での争奪が激しい商品のひとつでした。装飾品や精巧な置き物、富裕層の宝飾品でもあった。中華料理店でも象牙の箸をよく見かけたものです。
 この象牙の代用品を、オーストリアのウィーン大学が開発しました。リン酸カルシウムを樹脂と混ぜ、3Dプリンターで成形する。プリンターで薄膜を少しずつ積み重ね、立体的な物質に作りあげる手法です。こうしてできた物質はディゴリーと呼ばれ、硬さや強さ、手ざわりはほんものの象牙と見分けがつかない。

 ディゴリーは化学的には象牙と別の物質ですが、ドイツのマックスプランク研究所は2019年、象牙とおなじものを人工的に作ることに成功しました。水酸燐灰石などから象牙質と呼ばれる物質を合成すると、微細な構造はちがうけれど化学的には象牙とおなじものができる。アイボリーをもじってアイボルテックと呼ばれるこの物質は、まさに象牙そのものです。
 おもしろいのは、アイボルテックは当初ピアノのキーの代用品として作られたけれど、やがて開発の目標が変わったことです。思いもよらない用途が多いと、開発にあたったヨッヘン・マンハートさんはいいます。
「これはじつにグリーン(環境に適合している)で、自然環境のなかで分解される物質です。だからプラスチック問題の解決にもなる」
 ピアノのキーだけじゃない。プラスチックを減らすことにもなります。

摘発された違法な象牙(2013年、米魚類野生生物局)
(Credit: USFWS Mountain Prairie, Openverse)

 さてこうして人工象牙はできたけれど、天然の象牙に対するアジア人の迷信、執着は変わらない。国際条約で禁止されているにもかかわらず、闇取引はあとを絶ちません。日本もまた違法な取引にかかわっていると見られている。
 環境庁によれば、日本に輸入されるのは天然死したゾウの象牙など、合法的なものです。でもWWFジャパンによれば、そうした象牙が、中国、台湾、香港などに再輸出され、日本は「世界の象牙の違法取引に関係している」と指摘されている。
 ゾウや象牙に罪はない。でも人間界に存在する象牙はかならずどこかで悪と結びついている。そう考えるべきなんでしょうね。
(2023年9月27日)