芸術家は芸術に専念しよう。生活費は国がめんどうを見るから。
こんな実験がアイルランドではじまりました。
低所得層の人びとに毎月無条件で一定の現金を支給するベーシック・インカムとかギャランティード・インカムいうしくみは、これまでの生活保護に代わる制度として世界各地で実験的に進んでいますが、芸術家が対象というのはめずらしいケースです(Ireland Asks: What if Artists Could Ditch Their Day Jobs? Mrach 23, 2023, The New York Times)。
アイルランドのこの実験は、国内の芸術家2000人に毎週350ドル、日本円で5万円近くを無条件で3年間支給するというものです。年額では250万円ほどになるでしょう。
対象となるのは音楽家や小説家、写真家やサーカスの曲芸師まで含まれます。
支給対象となった漫画家のイアン・フェイさんは、これまで何年もできなかった創作に取りかかれるようになりました。
「この金がなかったら、いまやっている仕事にはかかれなかった」
リディア・マルベイさんは、会社勤めをやめて脚本執筆に専念しています。
「私は変わり、人生を取りもどすことができると思う」
「芸術家ベーシック・インカム」が公表されると、9000人もの芸術家が応募しました。そのなかから2000人が支給対象として無作為に抽出されています。その他に1000人が、支給を受けない対照群として選ばれ、今後3年間で両者にどのような差ができるかが調査されることになりました。
計画を進めたアイルランドのマーチン文化相によれば、このアイデアは3年前にはじまっています。コロナ禍で劇場が閉まり、多くの音楽家が演奏の場を奪われたのをどう救うか、そこから「芸術家ベーシック・インカム」が生まれたようです。
「生活費をかせぐことで創作活動は影響される。芸術家には本来の活動をしてもらいたいんです」
ベーシック・インカムはアメリカやドイツ、フィンランドなどでさまざまな実験がくり返され、いまも進んでいます。多くは自治体の企画ですが、今回のアイルランドの実験は国が実施していること、対象が芸術家だということで、新しい形となりました。それはまた、ベーシック・インカムが地域や対象に縛られず、ますます多様な形で実施されるようになるということでしょう。
アイルランドの芸術家支援には、超党派の賛成があったといいます。芸術家を支援するといえば通りやすかったのでしょうか。それでもいい。「国が無条件で現金を支出する」というベーシック・インカムの形がもっと広がり、少しずつ定着すればいいんじゃないでしょうか。
これまでも傑出していたアイルランドの芸術表現が、これでさらに先鋭化すれば現代史の壮挙になります。
(2023年4月6日)