ぼくはもう10年以上、断続的に歯医者にかかっています。
歯医者さんには申し訳ないけれど、けっして楽しい経験ではありません。やむにやまれず通いつづけました。でもそのおかげで大事なことを学んだと思っています。
まだ通いはじめて最初のころは、ずっと歯石の治療でした。それ以前の10年、歯石なんか放ったらかしでかなりひどい状態だったのです。最初の数回は「掃除」するのに麻酔をかけたほどでした。一通りの治療が終わり、少しあいだをおいたところで定期検診です。そこでぼくの口をのぞきこみ、歯科衛生士さんいいました。
斉藤さん、歯のみがき方、上手ですね。
え? 意外でした。あ、はい、そうですかと、気の抜けた返事しかできませんでした。
とくにくふうしたわけでもなく、いつもとおなじみがき方です。でも上手ですねとほめられたのが、あとでなんだかうれしかった。
もしかしてほんとに上手かもしれない。これからも一生懸命歯をみがかなきゃ。
いま思います。
長年歯医者さんに通って、ほめられたのはあの一度だけでした。
診療を受けるたびにここがだめですね、ひどくなってる、こっちも治さなきゃ、あっちもねと、ずっと自分の歯のダメなところをいわれつづけてきました。いう方はそんなこと意識していないけれど、いわれる方はダメ意識をつのらせます。
そういう年月のなかに、上手ですねのひとことがありました。
うれしかった気持ちをいまも覚えています。
あれは本心じゃなく、ただの励ましだったのかもしれない。でも、それでもいい。
ずっとダメだといわれつづけてきた人間は、ほめられるとうれしい。救われます。
その後ぼくは北海道で精神障害者とかかわるようになって、また学びました。
ダメな人にダメといいつづけることは意味がない。どんなにダメな人でも、どこかいいところがないかと探してみる。無理してでもいいところを見つけ、ほめる。
そうすることで人とのかかわりが変わる。そこからさらになにかが変わる。いつもそうはならないし、そうならないことの方が多い。けれどそうすることに、精神科の世界にはとても大事な意味のあることがわかりました。一時的にせよ、また元にもどるにせよ、救われたという思いが生まれるから。
精神科の世界だけでなく、どこでもそれは大事なことなんじゃないか。
ぼく自身も、そのようにして救われているにちがいない。
最近はそんなふうに思うようになりました。
(2022年12月29日)