酷暑の夏に熱帯の9月がつづきました。これはもう地球「温暖化」なんてもんじゃない、「沸騰」だといわれる。しかもこの暑さで、マラリアやデング熱など蚊が媒介する感染症がじわりと北半球に広がっています。
温暖化が止まることはないから、これはあきらめるしかない。と思っていたら新しい対策が進んでいました。この新戦略、むやみに殺虫剤を使わないので希望があります(Unleashing a New Weapon on the Mosquito: A Mosquito. Sept. 29, 2023. The New York Times)。
新戦略の骨子は、「蚊をもって蚊を制す」です。
デング熱や黄熱病は、ネッタイシマカという蚊によって起きる。この蚊がデングウィルスというウィルスを持っていると、人間がデング熱にかかる。ところがなかにはデングウィルスを持たない蚊がいます。調べると、そういう蚊は体内にボルバキアという細菌を持っていることがわかった。この細菌がウィルスを駆逐してしまうらしい。
てことは、と、昆虫学者は考えました。
ネッタイシマカをボルバキア菌に感染させれば、ウィルスはなくなり蚊は“安全”になる。デング熱もなくなるんじゃないか。
ということで、一定の地域の蚊をすべて「ボルバキア菌に感染した蚊」にするという、人類史上はじめての試みが行われています。すでにオーストラリアで小規模な実験が行われ、ベトナムやインドネシアでも実証実験がくり返された。どこでも「ボルバキア蚊」は勢力を広げ、デング熱は顕著に減少しています。蚊をもって蚊を制する戦略は、あきらかに効果的でした。
科学者たちはいま、南米コロンビアのメデジンという都市で大がかりなプロジェクトに取りくんでいます。ここの「蚊製造工場」では、保存期間が切れた医療用血液などをもとに、毎週3千万匹のボルバキア蚊が孵化している。それを全市に散布しはじめ、すでに一部でデング熱が減ったという報告もあります。自然界に出たバルボキア蚊の子孫もボルバキア化が進み、プロジェクトは順調です。
ここには、蚊に刺されることに変わりはないけれど、デング熱にならなければいい、という捉え方があります。デング熱は毎年世界で4億人が感染し、重篤な症状で数万人が死亡している。社会経済の損失ははかりしれない。それにくらべれば毎週3千万匹の蚊を作る費用は微々たるものでしょう。
ぼくらの日常感覚からすると、蚊はいない方がいい。それを大量生産して散布するってどういうことか、それより殺虫剤を散布すべきだろうと、つい考えてしまう。でもこうすれば殺虫剤を使わずにすみます。「ぜんぶ殺す」という考え方から離れることができる。
ぜんぶ殺す、なんてのよりより、むしろ刺される方がいい。
といいながら、蚊の立てるあのプーンという音でぼくは平静心を失います。
(2023年10月6日)