これまでに何度か聞きました。土は耕してはいけない。
植物のタネは地上に落ちて成長する。耕してない固い土の上で、一生懸命根を張るから丈夫になる。だから土は耕しちゃいけない、という話でした。耕すと表面の土が飛散し、土壌がやせ細ると聞いた覚えもあります。
そういう耕さない農業を、40年も実践している人がいます(Is ‘No Dig’ Gardening Really Possible? By Margaret Roach. March 15, 2023, The New York Times)。
反常識の農業を進めているのは、イギリス南部、サマーセットのチャールズ・ダウディングさんです。耕さない農業のことを「掘らない農業」と呼んでいる。農家と呼ぶには規模が小さいから、園芸家でしょうか。しかし彼の家庭菜園は大きな畑と温室がいくつもあるから、園芸家と農家の中間でしょう。近所のマーケットに出荷する有機農産物の量は年に400万円にもなります。彼の「掘らない農業」は、家庭菜園を試みる人たちを中心にネット上で100万のフォロワーがいる。
ダウディングさんはいいます。
土に手を加えるのは人間の思い上がりだ。自然界を見れば植物は自分で成長し、葉を落とし、それが肥料となってまた植物が成長する。人間が余計な手を加えなくてもいい。耕作は土に力をつけるのではなく壊すことになる。だから掘ってはいけない。
とはいえ、何もしないわけではない。植え付ける前には、雑草が生えないよう土の表面を軽く引っかいておく、コンポスト(枯れ葉などで作る肥料)を表面に2インチ(5センチ)ほどかぶせておく。そのうえで苗を植えればいい。このやり方の一番いいのは楽なことだといいます。
掘らないだけではありません。ダウディングさんはおなじ作物をおなじ場所で何年もくり返し作ります。これも農業の常識に反している。でもコンポストを与えれば作物はちゃんとできる。いま作っているポテトは、おなじ畑で8年継続して収穫しています。
さらに非常識なのは「共植え」でしょう。たとえばカブはひとつずつ植えるのではなく、いくつかまとめて植える。そうすると仲間同士が力を合わせて成長する、のだそうです。
家庭農園をつくる人にとっては信じられない非常識でしょう。でもちゃんとできる。楽に。
どうやらダウディングさんの農業は、コンポストが鍵です。化学肥料も除草剤も要らないから、そのぶんコンポストを用意しようともいっている。コンポストは自然界の肥料そのものだから、「掘らない農業」はできるだけ自然のサイクルに近い形で作物を作るということです。それがほんとに土を生かすことになる。
農とは何かを考え、そこから浮かび上がった叡智です。
(2023年3月16日)