体を表す名前に

 性同一性障害が性別不合へ、適応障害が適応反応症へ、などなど。
 精神科の病名がまた変わるようです。精神科だけでなく、感染症の分野でもサル痘がエムポックスになるなど、多くの病名が時代の変化に合わせて変わります。性別不合など、そもそも病気とみるのがおかしいとされるようになった。新しい名称を覚えるのもたいへんだけれど、変える意味も知らなければなりません。

 ぼくがいちばん考えたのは、精神分裂病が統合失調症になったときでした。
 日本精神神経学会は2002年、精神分裂病という病名は「あまりに人格否定的だ」という患者家族団体の訴えに応じ、これを統合失調症に変えています。
 ちょうどその年、ぼくは精神障害者についての本を書いていて、学会の決定は知っていたけれど、自著では意図して旧来の「精神分裂病」を使いました。なぜならぼくが取材した北海道浦河町の当事者は、この名称に愛着を持っていたからです。

「私は精神分裂病です」と自己紹介する彼らは胸を張っていました。なかには「ブンレツでよかった」とほほ笑むメンバーすらいる。そういう当事者を見ていると、周囲が患者への“おもいやり”で病名を変えようとする動きには違和感がありました。精神分裂病という病名をなくすのは、浦河の当事者の生き方を否定するかのようでもあった。
 しかし学会が決めたことなので、浦河のみなさんもやがてこれに従い、無念だけれどぼくも統合失調症というようになりました。

 ほかの病名の変更については、おおむね異論はありません。
 性同一性障害は、社会がそれに抱く「障害」という認識こそが問われるべきで、「性別不合」に変えるのは当然でしょう。適応障害も、「適応反応症」のほうがいくらかましに思えます。
 病名や障害名は、WHOが出すICD、国際疾病分類が基本です。それに合わせて日本語の呼称も厚労省が決める。そのための専門部会の議論がはじまったようで、いくつかの病名が近く変わるでしょう(朝日新聞9月20日)。

 そういうことなら、この際もう一歩踏みこんでもらえないだろうか。
 精神病や精神疾患、精神障害という呼び方をやめて、ぜんぶ精神「症」にするというのはどうでしょうか。病気や障害ではなく、症。英語では最近、依存の領域を行動障害(Behavioral Disorder)といったり、自閉症スペクトラムを神経多様性(Neurodiversity)といったりするけれど、なんだかややこしい。依存症、神経多様症でいいんじゃないか。
 浦河ではむかしから、精神障害ではなく精神病という言い方がよくされてきました。でも精神病というのも古い差別偏見のにおいがするかもしれない。精神病に代えて精神「症」くらいがいいのかなとも思います
(2024年9月25日)