グループホーム「すみれⅢ」の住人は、いずれも統合失調症です。浦河以外の町にいたら、たぶん精神科病院に入院しているメンバーが多い。
そういう人たちが共同生活をはじめて1年半。どこで空中分解してもおかしくないのに、とにかくつづいている。しかも彼らの熟成が進んでいるようです。
メンバーのひとり、オオタくんは、仲間が「あいつは重いんだ」というほどの重症です。なかなか会話が成立しない。幻聴にあやつられ、あちこちに咲いている花壇の花をむしってしまう。歩道にしゃがんで吸ったタバコをそのままポーチにしまうので、ポーチから煙が出てカチカチ山になる。
しょっちゅう食べ物をこぼし散らかし、周囲を汚します。
そのオオタくんが、あるとき住居の仲間に殴られました。殴ったのは、これまた幻聴のひどいメンバーです。
「いや、ぼくが悪かったんで。あとであやまりました」
すぐに仲直りして一件落着です。

後日、住居ミーティングで話題になりました。
いや、あんときはすいませんでした。やった本人は頭をかいている。オオタくんは例によって、チック動作をくり返しながら上の空。
かと思ったら、ぼそっと一言いいました。
「ぼく、こんなんじゃ殴られて当たり前ですよね」
いつも食いこぼしで服は汚れ、床の掃除もたいへんです。煙草の吸殻も片づけられない。みんなに迷惑かけっぱなし。そのことをいったのです。
それを聞いたワーカーがいいました。
あいつ、気にしてたんですね。こんな自分、って。それ聞いて、ちょっと切なかった。

ふだん、自分の気持ちをいうことのないオオタくんの、こころがほどけ出た瞬間です。
何を考えているのかわからない。何をいっているのかわからない。無神経、傍若無人としか見えないメンバーも、ちゃんと何かを考えている。それなりの思いを抱いている。
殴られて当たり前です。
診察室でもデイケアでも出てこないことば。仲間のあいだに入ってはじめて出てくることばです。それも、暮らしはじめて1年半もたって。
ぼくはオオタくんのことばを思い返します。そのことばの先を聞きたいと思う。
もっともっと、自分のこころを語ってほしい。でもぼくには聞き出すことができない。そう思いながら、彼の次のことばを待ちます。いつになるかわからないけれど。
(2022年9月21日)