小さなASL

 スマホのおかげで、ろう者の手話はとても小さくなった。
 ASL、アメリカ手話の最近の傾向をニューヨーク・タイムズの”専門記者”、アマンダ・モリスさんが伝えています(How a Visual Language Evolves as Our World Does. By Amanda Morris, July 26, 2022, The New York Times)。

アマンダ・モリス記者

 手話が小さくなったのは、ろう者がスマホのビデオ通話で会話するようになったからです。あの小さな画面に収まるよう、手の動きを顔と胸の前に収めなければいけない。大きな身振り、手振りだと「え、いまなんていった?」と、スマホの会話が飛んでしまいます。
 たとえば「犬」という手話。
 むかしのろう者は、腰に手を当てて「犬」を表しました。犬の散歩のイメージです。でもこれじゃスマホの画面に収まらない。無理に収めようと距離をとると全体に見えにくくなるので、犬は指文字のDとGの組み合わせを使う人が多くなりました。これなら片手で顔の横で表せるし、スマホの画面にも入ります。

 もともと、手話は大きな表現から小さな表現に変化する傾向がありました。これは言語が具象から抽象に向かうために起きる自然な現象です。それがスマホという新しい技術で加速されている。
 しかもSNSが手話のあり方に本質的な影響を及ぼしていると、ろう者の言語学者テッド・スパラさんはいいます。
「SNSで人気の手話表現があるとたちまち広がる。これまでとは異なる言語の伝わり方が、新たなチャレンジになっている」
 SNSのインフルエンサーのなかには、手話そのものを「英語的」につくり変えている人もいるとか。その方がフォロワーを増やせるからでしょう。そうした動きに距離をとるろう者も出てきました。むかしながらの「自然手話」対「英語手話」の綱引きです。

 社会の変化とともに言語も変わる。それは手話も音声語もおなじです。けれど手話は歴史的、文化的な要因から音声語にくらべてさらに変化しやすい特性がある。どういう手話を使うかは、結局のところ「ろう者社会とつながってはじめて決まることだ」と、ギャローデット大学の言語学者、ジュリー・ホチゲサング博士はいっています。

 この記事を書いたモリス記者は、ろう者の両親のもとに生まれました。補聴器を使っているというから、CODAであり難聴者でもあるのでしょう。ASLへの造詣は深く、取材はすべてASLで行っています。ニューヨーク・タイムズがそういう人を「障害問題の専門記者」として活用していることを今回はじめて知りました。日本の大新聞では見ることのできない、じつにこなれた記事でした。
(2022年7月28日)