ブリッジマン、橋男がちょっとした話題になりました。
北京市海淀区の陸橋で10月13日、習近平打倒を訴える横断幕を掲げた男のことです。
あの超監視国家で、よくぞこんな抗議行動ができたものだと驚きました。同時に、ロシアでも中国でも、どんな独裁政権下でも声を上げる市民はいることを知りました。以下はBBC(10月14日、22日)とワシントン・ポスト(10月18日)のまとめです。
2つの垂れ幕のうちのひとつには、赤い字で「独裁者、国の反逆者である習近平を倒せ」とありました。もうひとつはゼロ・コロナ政策を批判し、「我々が求めるのはロックダウンではなく自由だ。支配者ではなく選挙だ。ウソではなく尊厳だ。市民になろう、奴隷であることをやめよう」と書いてある。
橋男はただちに警察に連行されたようです。
中国のネット上では、つかのまではあるけれど橋男への声援が盛りあがった。市民のあいだにかねてゼロ・コロナへの強い反発がくすぶっていたからでしょう。また少なからぬ人が専制国家の息苦しさを感じていたはずです。でも横断幕の写真だけでなく、関連したネット上の言説すべてを監視当局は猛烈な勢いで消しつくした。「海淀区」や「陸橋」といったキーワードでの検索はいっさいできない。その直後の共産党大会で、習近平主席は何事もなかったかのように3期目の政権基盤を固めました。
橋男が欧米で評判になったのは、タンクマン、戦車男の再来かといわれたからです。
戦車男とは、1989年天安門事件で中国軍戦車の車列をひとり橋の上で止めた英雄です。イギリスのカメラマン、スチュアート・フランクリンさんの撮影した写真が、歴史の象徴として残りました。あのタンクマンが、こんどは橋の上に現れたのか。
たったひとりで。「習近平の中国」に抗して。
そう思いたくなるけれど、そこまでの偶像化は過剰な期待というものでしょう。
天安門事件のころ、中国にはまだ民主化の動きがあった。共産党の一党独裁といっても、内部には批判の声もあり、それを外部に発信することもできた。けれどいまの中国はもうそんなやわな国ではない。ブリッジマンが、タンクマンにはなりえないほどに中国は変わってしまったといわれます。
ぼくらにできるのは、橋男を覚えていること、語りつぐことでしょうか。
日本にもまた、橋男を連想させる男がいました。橋男は非暴力だったけれど、日本の“銃男”はそうではなかった。だから非難され否定される。でも多くの人の苦難を体現したことでは共通しています。そこだけは語りつがれてしかるべきでしょう。
(2022年10月26日)