戦術核には通常兵器で

 プーチン大統領が核兵器を使うかどうか。
 ウクライナ軍の進撃がつづき、ロシア軍の劣勢が明らかになるにしたがい、核をめぐる議論がさかんになっています。追いつめられたロシアが戦術核兵器を使う可能性について、ウクライナ政府の情報部門は「ひじょうに高い」と分析している。一方アメリカ政府高官は、まださしせまった危険があるわけではないと見ているようです(If Putin Uses a Nuclear Weapon, How Should the World Respond? By Spencer Bokat-Lindell, Oct. 5, 2022, The New York Times)。

 議論はロシアが核を「使うかどうか」ではなく、「使ったらどうするか」に変わってきたと、ボカート=リンデル記者の記事を読んで思いました。
 ぼくが理解するかぎりでは、プーチン大統領が核の使用に踏みきったからといって、アメリカはただちに核で応戦するわけではない、まずは通常兵器で応戦するという考え方が、意外ではあるけれど選択肢のひとつとしてあるようです。

 たとえばアメリカやNATOは、これまでウクライナ軍が持っていなかった長距離ミサイルや最新型の戦車を供与する。それで核攻撃を行ったロシア軍陣地を叩く、といった方法です。通常兵器であっても、西欧の最新式のものを供与すれば戦況は変わり、ロシアの戦術核兵器に対抗できるかもしれない。有効かどうかわからないけれど、そういう考え方もあるということでしょう。

 そもそもロシアの戦術核兵器そのものが、有効かどうかわかりません。軍事専門家は、ロシアが戦術核を使ったからといって戦況が激変することはないと見ています。今回の戦争について信頼できる分析をつづけてきたワシントンのシンクタンク、ISWは、ロシアの戦術核兵器の戦略的な効果は確実なものとはいえず、かりに複数の戦術核を使ってもせいぜい現在の戦線を守ることができるくらいで、ロシア軍が全ウクライナを占領することはできないと、先週出した報告でまとめています。

 戦術核兵器に、通常兵器で対抗するという考え方があることをはじめて知りました。
 実際にそうなるかどうかはわからないし、それが思い通りにいくかどうかもわからない。ただ、全面核戦争を避けるためにはありうる方法でしょう。
 アメリカはそれ以外にも豊富なオプションを揃えているはずで、そのどれがどう使われるかはプーチン大統領の出方で左右される。どの場面でも、恐ろしいのは誤算が生じて戦争がエスカレートすることです。

 プーチン大統領はウクライナ戦争で、すでにいくつもの重大な誤りを犯している。そのことを思うと、西側がいくら自制しても全面核戦争に至らない保障はありません。非現実的な可能性を論じながら、非現実的な恐怖感がわき起こります。
(2022年10月6日)