先端技術の開発は、論理的な思考だけでは達成できない。
時代を変える技術は、何が起きるかわからないところに踏みこんでいったときにはじめて、みつかることもあればむだな努力に終わることもある。そこで必要なのは野心を抱くことだ。この点で、バイデン政権は予想外に評価できるというコラムが目を引きました(What Joe Biden Knows That No One Expected Him To. Sept. 18, 2022, The New York Times)。
野心。あるいは野心への理解がある。
コラムニストのエズラ・クラインさんは、アメリカ政府がバイオテクノロジー関連分野の研究で、ひとりの科学者を起用したことに希望を見出しています。
レネー・ウェグージン博士、DARPA(国防高等研究計画局)の研究者です。
バイデン大統領は彼女を、生命科学の先端研究のために新設されたARPA-Hという機関のトップに任命しました。
技術分野に関心のある人は、ピンとくるでしょう。
DARPAは国防総省の研究機関で、インターネットやGPSの生みの親といわれます。ぼくらの社会を根底から変えてきた研究組織でもある。そこで手腕を評価されていたウェグージン博士が、こんどはDARPAとおなじように野心的な生命科学分野の新組織、ARPA-Hの長になった。
ここから何が生まれてくるのか、これは目が離せないことになります。
アメリカの生命科学といえば、記憶に新しいのはmRNA、メッセンジャーRNA技術でしょう。2年前、この技術を使ってファイザーやモデルナは画期的なコロナ・ワクチンを開発しました。これに比肩する発見、発明が、ARPA-Hから次々と出てくるか、どうか。
というようなクラインさんのコラムを読みながら、ぼくはもうひとつのことを考えます。
ARPA-Hは成果を上げるかもしれないけれど、たいしたことはできず失敗に終わるかもしれない。これはバイデン政権の大きなギャンブルです。でもそのギャンブルを、クラインさんは好意的に見ている。野心的な気持ちが大事だとも思っている。
数々の技術革新の陰には、無数の失敗があったことでしょう。でも失敗を非難したりなげいたりするのではなく、失敗を生かし、学ぶことで新しい世界は拓かれる。そういう社会の新たなギャンブルです。
見通しがなくてもするという人びとには活気がある。
見通しがなければしないという人びとには、管理しか残らない。
そのあたりに、世の中おもしろくなるかつまらなくなるかの分かれ目があるような気がします。
(2022年10月19日)