ドイツのオオカミ

 オオカミが増えたドイツで、不穏な動きが起きています。気になります。
 不穏なのはオオカミではなく、オオカミを駆除しろという人間。違法に射殺したオオカミの首をさらし、憎悪をむき出しにする事例も起きている。彼らにとっては、オオカミよりは環境団体や保護活動家の方が目の敵なのでしょう(Wolves, once confined to fairy tales, are back in Germany, stirring debate. August 13, 2023. The Washington Post)。

 ドイツでは、オオカミは1850年に絶滅しました。しかし20世紀になってポーランドにいたオオカミが旧東ドイツにやって来たようです。1990年の東西ドイツ統一から、オオカミの移動が進みました。
 オオカミのパック(繁殖できる群れ)がドイツに住みつき、最初のオオカミの子を産んだのが2000年のことです。保護派はこれを、150年ぶりのオオカミ復活とよろこびました。
 その後、繁殖は順調に進んでいます。
 ドイツのオオカミはいま161パック、約1300頭になりました。一部はベルギーにも達している。同時に、家畜を襲うオオカミも増えました。

 ハンブルク近郊で1600頭の羊を飼う農家のゲルト・ヤンケさんは、オオカミ保護派と規制派の対立は「沸騰点に達している」といいます。ヤンケさん自身、この10年で羊161頭がオオカミに襲われました。
 ドイツ全土で、オオカミに襲われた家畜は2022年、羊や馬など4366頭。前年にくらべて30%の増加です。
 これだけ被害が広がれば、当然緊張が高まる。
 農家や保守派は、オオカミを駆除し、規制しろという。保護派は、家畜の被害に対する補償を増やし、電柵の設置を補助するなど対策を進めて、保護、共存を図るべきだと主張する。
 もちろん人間が襲われた例はありません。でもこれだけ家畜の被害が増えると、保護派は押され気味です。

 ドイツの環境相、シュテフィ・レムケさんのいったことがぼくのなかに残りました。
「われわれは自然を受け入れ、大事にしなければならない。生物の生存圏を人間だけのものにしてはならない。そんなことしたらさびしくなる、ほんとにさびしくなりますから」
 人間だけが安心、安全に生き、オオカミは殺される。そんなふうになったら、ぼくらは、ぼくらのこころは、「さびしくなる」。オオカミ論争の核心です。

 全面的な保護から、一部規制への動きは欧州議会にも見られます。ノルウェーなどでは、一定の厳しい条件のもとでオオカミを「駆除」、射殺できる試みにとりかかっている。しかしレムケさんのような環境相がいるかぎり、「殺せ、殺せ」の大合唱ではない方向に議論が進むだろうとぼくは期待しています。
(2023年8月16日)