それは衝動か理性か

 精神障害者にもMAID、医療幇助死(安楽死)を認めるべきかどうか。
 法の施行を前にカナダが揺れています。
 議論の焦点は、治らない精神疾患というものがあるかどうかでしょう。この問には誰も答えることができない。一方、そんな議論より早く死なせてくれという当事者の強い願いがある。この事態をどう考えればいいのか(Death by Doctor May Soon Be Available for the Mentally Ill in Canada. Dec. 27, 2023. The New York Times)。

 MAID(Medical Aid In Dying, メイド、医療幇助死)は、がんの終末期などで回復の見込みがない患者が、医者や看護師に致死性薬物を投与または処方してもらい、自ら死を選ぶことができる制度です。二人の医師による判定、90日間の待機期間など厳しい条件がありますが、カナダでは2022年、全死亡者の4%、1万3241人がこの方法による死を選択しました。

 これまではがんや難病など身体疾患の患者が対象でした。しかし2019年、ケベック州の裁判所が「深刻で治療できない」状態にある人も対象に含めるべきだと判決を出したため、法律が改正され、精神疾患も含まれることになりました。多くの議論があり、法の施行は3年延期されたけれど、ことし、2024年3月、改正法が施行されます。

 重度のうつ病で自殺未遂をくり返したジェイソン・フレンチさんはいいます。
「ずっとよくなろうとしたが、残念ながらどんな治療法も効かなかった。これ以上耐えられない、こんな生き方はつづけられない」
 死ぬのはこわくない、ほんとに恐ろしいのはうつ病のまま生きることだといいます。仲間のなかには、MAIDに精神疾患が含まれないのは精神障害者への差別だという人もいる。
 けれど精神科医のジョン・マハー医師は、精神疾患は予測がつかないといいます。
「これは時間のかかるプロセスだ。何年も病気だった人の回復には、何年もかかる」
 誰にでも希望はあるはずだ。患者が死にたいといっても、医師はそれをかんたんに認めることはできない。

 実際問題としての難問は、「衝動的な自殺願望」と「理性的な死の選択」をどう見分けるかです。
 死にたいのがたんなる自殺念慮なら、MAIDは認められない。でも衝動ではなく、冷静に考えたうえで出した結論なら、これは尊重しなければならない。
 ところがそんなことを正確に見分けられる精神科医なんて、いるはずがない。
 見極めはつかないけれど、患者には患者の強い願望がある。
 精神科医の主張より、患者当事者の生き方、いやこの場合は死に方でしょうか、その選択に重きをおくというのが法の趣旨です。すでにカナダは3年立ちどまり、改正法についての議論を重ねている。その上で実施するのだから、やむをえない選択というべきなのでしょう。
(2024年1月3日)