サル痘は差別名か

 サル痘という病気が問題になっています。
 日本ではあまり話題にならないけれど、欧米ではコロナに次ぐ感染症として警戒が強まっています。WHOは7月、「国際的な公衆衛生上の緊急事態」と宣言しました。ところがどの国でも社会の反応がいまいちです。コロナほどの対策を取らないし、警戒も強めない。それはいくつもの潜在的ともいえる差別偏見が複雑にからみあっているからかもしれない。
 そうした差別偏見が、サル痘という名前によって助長されているという専門家がいます(Why Experts Want to Rename Monkeypox. Aug.23, 2022, The New York Times)。

 サル痘(monkeypox)は、サルが引きおこす天然痘というイメージがあります。
 でも実際にはサルが病気を広めているわけではない。たしかにサルのなかにはこのウィルスを持っているものもいて、それを1958年にデンマークの研究者が見つけてサル痘と名づけました。でもサルだけでなく広くげっ歯類に見られるウィルスで、いまの流行はサルが原因というわけではないようです。

 ところがブラジルではあちこちで人間がサルを追い回す騒ぎが起き、少なくとも6匹が殺される事件が起きました。アフリカでも似たような迫害が起きている。こうしたことからWHOは8月、動物福祉のためにサル痘に代わる名前を募集すると、ホームページで発表しました。

 サル以上に被害をこうむるのは、アフリカの社会やアフリカ系の人びとでしょう。
 西欧の白人文化には、かねてから黒人をサルとくらべる差別的な傾向がありました。19世紀から20世紀にかけてのアメリカでは、黒人をサルのように描くイラストが定形です。サルすなわち黒人、イコール劣った人びとという偏見。サル痘という名前は、こういうあからさまな差別に陰湿に結びつくかもしれない。

 サル痘が男性同性愛者のあいだに多いことは、同性愛への差別偏見を助長することにもなるでしょう。かつてエイズがそうだったように、同性愛が法律で禁止され、迫害されている国では、ゲイはサル痘を隠すかもしれない。治療を受けられず悲劇になることもあるでしょう。そうでなくても同性愛は「サルの病気」になるというイメージが、侮蔑と偏見に結びつくことは容易に想像できます。

(Credit: Fibonacci Blue, Openverse)

 WHOはサルを守るために、動物保護の精神でサル痘の名前を変えようといいます。でもそのロジックはやや姑息ではないでしょうか。サルの病気というイメージが、アフリカ差別、黒人差別、さらにはゲイ差別にも結びつくことこそが、考えなければならない課題です。
 だからといってサル痘を“獅子痘”にすればいいわけでもないでしょうが。
(2022年8月26日)