収容所群島ふたたび

「金曜日は、自由にとって暗い日だった」
 コラムニストのマックス・ブートさんが書いています。
 ウクライナ軍は東部の要衝アウジーイウカから撤退しました。戦況はウクライナに悪くなるばかりです。一方ロシア国内では、反政府勢力の中心だったアレクセイ・ナワリヌイさんが獄死しました。47歳でした。「私は怒りと絶望にかられている」とブートさんはいいます。ロシアの悪に対してではなく、そこから目をそむけているアメリカに(Navalny stood against Putin’s evil. Will the GOP abandon the fight now? By Max Boot. February 16, 2024. The Washington Post)。

 米議会の共和党は、ウクライナへの軍事援助を止めることでプーチン大統領を助けてきたとブートさんはいいます。
「ナワリヌイは決して恐れず、たゆまず、腐敗に対抗し自由のために戦う闘士だった。だから彼は、スターリンに匹敵するいまのロシアの独裁者にとって真の脅威だった。彼はプーチンに殺されたのだ」

アレクセイ・ナワリヌイ氏
(Credit: Evgeniy Isaev, Openverse)

 反体制運動のリーダーだったナワリヌイさんは、たんに政治闘争を進めるだけでなく、弁護士としてロシア政府、プーチン体制の腐敗を暴露してきました。プーチン大統領が2千億円もかけて私用の秘密宮殿を作っていたこと、また少数のとりまきに莫大な利益を与え独裁の基盤を築いてきたことなどを告発しつづけたのです。いのちをかけて。

 2020年、ナワリヌイさんは神経ガスで毒殺されそうになりました。ドイツに運ばれて治療を受け、その後ふたたびロシアに帰国しています。
 家族をふくめ、周囲は誰もが帰国に反対しました。帰ればただではすまない。でも彼は帰った。そして拘束され、ろくな裁判もないままにいくつもの有罪判決を受け、最後は極寒の刑務所に収容されています。そこで突然死のような最期を迎えました。死因が何であれ、誰もがこれは殺人だと信じて疑わないでしょう。

 ブートさんはいいます。
「プーチンは、自分は勝っている、この殺人も不問になると思っているだろう。しかしまだわれわれは反撃できる。ウクライナに必要な軍事援助をすれば。プーチンのウクライナ侵略を止めれば、ナワリヌイが夢に描いたよき自由なロシアの出現を期待できる」

 よき自由なロシアは、かぎりなく遠い。
 ウクライナの苦難はさらに深まり、ロシアでナワリヌイさんにつづく人びとの苦難も深まるばかりです。しかしぼくらは、かつて反体制を貫いたサハロフのように、収容所群島を告発したソルジェニツィンのように、ロシアには自由を希求する人びとが少数だけれどいることを知っています。彼らに思いをよせながら、ではぼくらは自分自身の「怒りと絶望」をどこに向ければいいのか。そのことを考えます。
(2024年2月20日)