市民はどう連帯するか

 エレベーターのなかに、水やスナックの入った紙袋がある。
 ウクライナのキーウでよく見かける光景だそうです。停電や爆撃で、予期せぬときにエレベータが止まる。そのとき水とクッキーのひとつもあればどんなに助かることか。誰かが用意した紙袋があちこちに置いてあるのがいまのキーウだと、ジャーナリストのルリア・メンデルさんが書いていました(Ukrainians are now fighting a war against darkness and cold, too. November 2, 2022, The Washington Post)。

 戦争はつづき、きょうも多くの犠牲が出ている。10月になってからロシアがなりふりかまわず都市の爆撃をはじめ、市民の被害も甚大です。キーウでは電気や水道が止まり、暗がりで水を運ぶ暮らしがはじまりました。
 戦場で勝てないロシアが、ウクライナの日常を破壊している。そうすればウクライナがロシアに服従するとでもいうかのように。でも市民は負けない。暖かい衣服やロウソクを用意し、電池やスマホ用の電源パワーバンクを交換してやりくりしている。

キーウ市(戦争前)

 そんなある日、ひとりの商店主が停電に備えてビルのエレベーターに紙袋を置きました。なかにクッキー、水、ゴミ袋などを入れて。それが次の日、たまたまエレベーターが止まり役に立った。以来あちこちに似たような紙袋が広がったといいます。水やチョコレート、果物、救急医薬品などを入れて。
 エレベーターの“お助け袋”について、市民のひとりはいいます。
「私は使わなかったけれど、そういうのがあると気持ちが大丈夫になりますよね」
 非常袋は実際に役に立つかどうかはともかく、そこに置いてあることで効果を発揮します。大丈夫ですか、あなたのことを気遣っています、がんばろうねというメッセージを伝える。その連帯があるかぎり、ウクライナはロシアの暴虐を耐え生きのびることができる。

 前線の兵士が撮影したスマホ動画を見たり迫真の記事を読んだりしながら、ぼくはこの戦争がわかったような気になっている。でも現場に立っていないからほんとうの姿はわからない。ぼく自身が経験したのはアフリカのゲリラ戦と米軍の軍事演習くらいだから、こんどのような戦争のリアルはなかなかわかりません。

 でもエレベーターの紙袋については、実感とともにわかる。
 この戦争が一人ひとりの市民に何をもたらしているかが見えてきます。おそらくロシア社会は、かりに停電が日常になっても紙袋が現れることはないでしょう。キーウの紙袋は、前線で兵士が発揮するのとはちがう、ウクライナ人のもうひとつの力を表しています。
(2022年11月4日)