精神疾患の公表

 アメリカの上院議員が、うつ病を公表して入院しました。
 これを、医者でコラムニストでもあるリアナ・ウェン博士が画期的だといいます。政治家がうつ病を公表するのはめずらしく、うつ病の社会的な理解を進めるだろうと指摘しました(Fetterman’s depression disclosure is a paradigm shift for mental health. By Leana S. Wen. Feb. 21, 2023, The Washington Post)。

 うつ病になったのはペンシルベニア州のジョン・フェッターマン上院議員です。かねて健康を損なっていたのが、このほどうつ病と公表して数週間の入院を決めました。
 コラムニストのウェン博士は、議員の入院は、うつ病が医療の対象となる病気で治療法があると社会に知らせたことになり、この病気は薬や精神療法で治療し、病気以前の状態にもどることが可能だといいます。
 そして、ここが議論のポイントなのですが、うつ病は「身体の病気とおなじだ」ともいっている。糖尿病の人は、糖尿病だからといって人格が損なわているわけではなく、治療を受ければ問題はない。うつ病もそれとおなじだというのです。

 ウェン博士がこういうのは、精神疾患全般に対してアメリカでも日本でも社会の偏見が強いからです。うつ病など精神疾患のある人は、「弱い」とか「おかしい」とか、極端な場合「人間失格」とも見られてしまう。それも一時的な病気としてではなく、「もともとそうなんだ」と、病気がその人の本性であるかのように見られてしまう。それはちがうということです。そういう根強い偏見に対抗するためには、うつ病は一時的な精神の不調で、治療できると強調するしかない。
 議員が精神病になっても、政治家の適性を欠いたことにはならない。糖尿病がよくなれば仕事にもどれるのとおなじように、うつ病がよくなれば復帰できる。そのことを強調したのが、精神疾患といえども「身体の病気とおなじ」という言い方です。

 ぼくはウェン博士のこの言い方に賛同します。
 その一方で、かすかな不安も感じる。それは精神疾患も身体疾患もおなじで、人格を損なうものではないというのが、いまの社会に向けての正しい言い方だとしても、そこにはやはり「強さをよしとする社会」が反映されていると思うからです。精神も身体も、病気はすべて治療できる、克服できる、いや打ち勝たなければならない。そういう発想が日本やヨーロッパより、ことにアメリカで強いように思います。

 北海道浦河町の精神科になじんだものとしては、そこで立ち止まってしまう。
 精神病は治せる、治る、そこにだけ目を向けていていいのだろうか。そもそも精神病が治るってどういうことなのか。治すというよりは考える、悩む、そういう対象なのではないか。
 身体疾患とちがって精神疾患には、その治療に広大な余白があるように思えてなりません。
(2023年3月6日)