ストイックな人びと

 ウクライナの戦争は長い膠着状態に陥っています。
 西側の武器供与で反転攻勢に出たものの、ウクライナ軍はロシア軍の頑強な守りを突破できない。最新の戦闘機を持たないので空からの守りが弱く、地上部隊が十分に動けないのが一因です。ロシアとちがってウクライナの兵士は「消耗品」ではないから、無理はしない。膠着状態はこの秋以降、F16戦闘機が配備されるまでつづくかもしれません。

 なるほど、ウクライナはそんなふうになってるんだ。と、わかった気になっても、現場の空気はなかなかわからない。そう思っていたところに、風穴を開けるようなレポートがありました。現実の戦争のもとにある社会には、意表を突く人びとの現れ方があります。コラムニストのニコラス・クリストフさんが書いていました(They’re Ready to Fight Again, on Artificial Legs. By Nicholas Kristof. July 8, 2023. The New York Times)。

前線訪問のゼレンスキー大統領と
セルフィーを撮るウクライナ兵(去年11月)

 負傷して義足や義手になった兵士が、また前線にもどって行きます。
 一人二人ではない。リハビリセンターの何人もが、新しい手や足を得てまた友軍のもとに帰ってゆく。もちろん強制ではなく自分の意志で。それがひとつの流れになっている。なんと勇敢な人たちがいることかと、感心するのは筋ちがいかもしれません。彼らは勇気を奮ってそうしているわけではない。
 ではどうして?
 きっと、困難な状況におかれた人間が、困難ゆえになしうる投企なのでしょう。

バフムト近郊の戦闘(5月)
(Credit: Ukraine’s 3rd Separate Assault Brigade, Telegram)

 戦闘で両足と片腕を失ったデニス・キリエンコさん24歳は、3本もの義足義手を付けたというのに、リハビリが終わったら前線にもどるといいます。「仲間が待っているから」。そこで彼らに、生きのびるために緊急止血がいかに大事かをあらためて教えたい。消耗した兵士のカウンセラーになることもできる。
 ボーダン・ペトレンコさん21歳も、義足になれたら前線にもどるといいます。通信兵や、ドローンの操縦士ならできるから。
 片足をなくしたオレー・スポディンさんに、妻のオレクサンドラさんがいいます。
「足のない彼って、とてもセクシー」
 誰もが、自分はラッキーだと思っている。多くの仲間が死んでいるのに自分は生き残った。その「生き残り感覚」が、彼らをしてむしろストイックにさせているとクリストフさんはいいます。

 傷病兵になれば、引退して楽ができるだろう。そう思っていたぼくはみごとに裏切られました。安穏とした日々を送っているものにはとても想像できない深い思いを、ウクライナの人びとはそれぞれに抱いています。
(2023年7月12日)