タバコをやめよう

 皇居前広場を雑草の原っぱにしよう。
 こんなこといったら怒られますよね。とんでもないって。
 でもアメリカでは、首都ワシントンの「モール」という広場を雑草の原っぱに変えようというアイデアが出ています。もちろん自然環境を取りもどすために、温暖化対策のために。これに「いいね!」の声がたくさんあがっています(Rewild the National Mall. By Alexander Nazaryan. Aug. 10, 2023. The New York Times)。

 ワシントンのモールは、アメリカのお上りさんがかならず訪れる観光名所です。ホワイトハウスと議事堂、リンカーン記念堂に囲まれた広大な広場、そのイメージはなんといってもきちんときれいに刈り込まれた芝生の広がりでしょう。

「ナショナル・モール」(ワシントンDC)

 青々とした芝生。陽光にきらめくスプリンクラー。
 上流生活の、富と繁栄の象徴です。誰もが、いつかは広い芝生のある大きな家に住んでみたいと、一度くらいは思ったことがあるのではないか。
 でもいま、芝生は環境を破壊する悪役のイメージです。大量の除草剤と化学肥料、水道水、芝刈り機の騒音と排気ガス。それでも多く人がやめようとしないのを、環境保護派は「芝生はタバコのようなものだ」といっている。そのことをこのブログでも書きました(2022年9月26日)。

 そういうアンチ芝生派が、首都ワシントンの真ん中も芝生ではなく雑草にせよと主張するまでになった。作家のアレクサンダー・ナザリヤンさんはいいます。
「極端な気候変動と、多くの生物種の消滅、永遠の化学物質(PFAS)が広がる21世紀に、芝生文化はもはや維持できない。そのことを数百万の人びとに訴えることができる」
 ワシントンのモールは、マーチン・ルーサー・キング師が「私には夢がある」と訴えた場所です。ベトナム戦争、女性解放、LGBTの運動がこだました歴史的な場所でもある。そこを訪れる観光客は、モールが芝生ではなく雑草の野原になったのを見て、自分たちの暮らしを変えなければと思うのではないか。少なくとも、ちょっとは何かを考えるのではないか。

 ぼくもワシントンで働いていたころ、よくモールに出かけました。取材で、ジョギングで。
 もしいまモールが雑草になったら、なんてすばらしい景色かと手放しでよろこぶでしょう。
 でも、当分そんなことにはならない。
 23日に行われたアメリカ共和党の討論会で、大統領候補者のほとんどは地球温暖化を認めませんでした。保守派の多くはまずまちがいなく、芝生を雑草にしようなんてのは気取ったリベラルのたわごとと、とりあわないでしょう。
 でも、人は時代とともに変わります。いつの日にか、モールも皇居前も雑草になるんじゃないか。そのくらいの夢は持ちつづけたい。
(2023年8月25日)