ゼロにはできない

 テレビを長時間見せると、1歳児の発達が遅れる。
 こんな調査結果が出ました。赤ん坊が泣くからテレビやDVDを見せておく、っていうのはやっぱりよくないんですね。子育てをしているお母さんには酷な話かもしれない。でも赤ちゃんにテレビを見せるのは、できることなら控えましょうという話です(More Screen Time Linked to Delayed Development in Babies, Study Finds. Aug. 21, 2023. The New York Times)。

 JAMAという有力な医学専門誌の小児科版(8月21日)に発表された調査結果は、よく見たら日本の研究者の論文でした。東北大学の一部門、「東北メディカル・メガバンク機構」の小原拓・准教授らの研究です。
 小原准教授らは2013年から17年にかけて、宮城県と岩手県の50か所の産科病院、医院の7097組の母子について、「スクリーンタイムと乳児の発達」の関係を調べました。
 スクリーンタイムとは、テレビやDVD、スマホ、タブレットなどの「画面を見ている時間」です。小原准教授らは母親に、赤ちゃんが1歳のとき毎日何時間くらい、テレビやDVD、スマホなどを見せていたかを尋ねました。またその赤ちゃんが、2歳、4歳になったときのようすを、発達心理学の手法で調べています。

 そこでわかったのは、スクリーンタイムの長い子は発達が遅れるということでした。
 スクリーンタイムの長い1歳児は、2歳、4歳になった時点でコミュニケーション能力と問題解決能力の発達に遅れが見られます。また微細運動と個人的社会的スキルと呼ばれる能力に、2歳の時点で遅れが見られました。
 こうしたことから小原准教授らは、乳児はスクリーンタイムの長さに比例して、その後発達すべき能力の少なくとも一部に遅れが出ると見ています。

 イエール大学の発達心理学者、デビッド・レーコウィッチ博士は、これは驚くべき結果ではないと、ニューヨーク・タイムズにコメントしています。
 親が子と顔を向き合わせること、そして表情やことば、そのトーンといった情報を伝えるのがいかに重要か、そうすることで言語を、意味を伝えることができると博士は指摘する。その一方で、スクリーンタイムをゼロにしろといっても親は聞かないだろう、できないことを求めるより、うまく折り合いをつけてもらうしかない、とも。

 むかし、赤ん坊は母親が放っておいても誰かが見てくれました。大家族で、地域社会で。でもいまの世の中でそんなことは期待できない。多くの育児は母親のワンオペです。孤立を支えるのがテレビでありスマホでしょう。やめろなんていえない。でもそうすることで失われるものがあること、それは親ではなく子どもが失うのだということを、ぼくらは頭のなかのどこかで覚えていたいという話です。
(2023年8月24日)