レストランの姿

 いわれてみてはじめて、おかしいと思いました。
 レストランの評価項目になぜ「従業員の労働環境」が入らないのか。
 巷にあふれるレストランガイドは、料理の味や魅力をことこまかに評価する。でもその料理を作る従業員がどんなふうに働いているか、あるいは働かされているかには誰も目を向けない。それでいいのかという、ちょっと鋭い議論です(The Hottest Restaurants Should Be the Ones That Care About Their Workers. By Robyn Tse. Feb. 22, 2023, The New York Times)。

 このオピニオンを書いたのはロビン・ツェさん。彼女はニューヨーク、香港、ヨーロッパのレストランで働いたこともあれば、経営にかかわったこともある“レストラン専門家”です。世界一といわれたコペンハーゲンの「ノマ」でも働いたというから、並のグルメ評論家とはレベルのちがう実力者らしい。

 ツェさんは、グルメ・レストランに来る客は、近年質問のレベルも高くなったといいます。
「食材は地場のものか、旬か、オーガニックか、飼料は草か・・・自分の食べる和牛が1日に何グラムの糖を摂取したかと聞いた客もいる。豚は人道的に飼育されていたかと、遠慮なく質問するようになった」
 でも、客はその料理を作り食卓に運ぶ人たちが人道的に扱われているかを尋ねようとはしない。彼らはしばしば社会保障はなく最低賃金も守らていない。それを当然のこととする慣行が根強く残っている。

 世界的な超有名レストランでも、従業員の虐待やセクハラが絶えない。その内部に深く入りこんだツェさんは、レストランが入り口に星の数やガイドブックの高評価を掲げるなら、その横に「従業員を尊重している」と証明するサインも掲げるべきだといいます。そのために有給休暇を、生活できる賃金を、女性や有色人種の差別を許さない教育を、と訴えます。
「客として訪れるか、従業員になるか、経営者になるか、いずれにせよ私たちはレストランに入るとき、質の高い労働環境こそがレストランを作る必須の要素だと考えるべきだ。そのようにしてはじめて、美食を楽しめる」

(Credit: tomislavmedak, Openverse)

 厨房やフロアで働く人々の労働条件、賃金、待遇の改善を。
 突然そんなことをいわれても、ぼくらは戸惑います。でもこれは、食文化の根底に大きな変化が起きている兆候かもしれない。
 ただおいしいものが食べられればいい、ではすまされない。自分の食べるものは、どこかの国の女性や子どもの虐待から来たものであってほしくはないし、レストランで食べるものもブラックな環境から来たものであってほしくはない。そんなふうに考えるべきではないか。そんなところにぼくらは来ているのではないか。
(2023年2月28日)