別な議論の形を

 ここ数日、ぼくは気分が落ちこむニュースばかり目にしています。
 もしいまアメリカで大統領選挙があれば、トランプ前大統領が当選する勢いだとか。分断と攻撃で人びとを熱狂させる扇動者と、呼応する民衆のみにくさ。
 イスラエルの度を越したガザ攻撃。ハマスの無差別殺人もひどいけれど、それを上回る殺戮と破壊がなぜ止まらないのか。
 さらに、ウクライナの閉塞。

 ガザの陰でぱったりニュースが途絶えたウクライナですが、激しい消耗戦にもかかわらず戦線は膠着状態です。7万人以上の戦死者を出したウクライナは疲弊が進み、西側の支援は弱まり、プーチン・ロシアがジリジリと優位に立っている。われわれは基本的な戦略を考え直さなければならないという論調が目につくようになりました( Ukraine’s supporters need to rethink their theory of victory. By Jason Willick. November 5, 2023. The Washington Post)。

ウクライナ軍兵士の墓標
(Credit: manhhai, Openverse)

 この戦争は、軍事的に決着をつけることはできない。
 これが、いま目につく論調の主眼です。誰も明言はしないけれど、それはウクライナが交渉で一定の領土を、少なくとも当面「あきらめる」ことが暗黙の前提です。
 いまからふり返れば、好機は1年前でした。ウクライナ軍が南部のヘルソンを解放したとき、アメリカ統合参謀本部のマーク・ミリー議長が「時機を逃してはならない」と発言したとこのブログに書きました(2022年11月11日)。ミリー議長は、この戦争が軍事力では決着できないと見通していたのです。まさに外交が必要なときに、それを指摘したのは政治家ではなく、プロの軍人でした。

破壊された都市(キーウ近郊、2022年4月)
(Credit: manhhai, Openverse)

 好機を逃したのは、当時の上昇ムードを思えば無理もなかった。けれど、もはやウクライナも、ウクライナを支援する西欧も、幻想にしがみついているべきではないとワシントン・ポストのコラムニスト、J・ウィリックさんはいいます。
・・・ウクライナの支持者は、ウクライナが占領された領土の主要な部分を取りもどすためではなく、決定的な敗北をこうむらないために何が必要かと、議論のあり方を変えなければならない・・・

 ウクライナ国内でも、ゼレンスキー大統領と軍主導部のあいだに不穏な亀裂が見られます。それは国民世論を率いなければならない政治家と、戦争の現実に冷静な判断ができる軍人の、それぞれの役割のちがいでもある。ウクライナは苦しい戦争を戦いながら、別な苦しみである「国内世論の新たな形成」を試みなければならない。そういう段階にさしかかっている。
 少しずつ、みんなのなかからウクライナは消えようとしています。でもぼくはニュースを読みつづけます。ウクライナの人びとへの関心を、なくすことができないでいます。
(2023年11月8日)