叫びたいけどできない

「エレファント・イン・ザ・ルーム」という慣用句があります。
 部屋のなかにゾウがいる。明白で巨大な問題があるのに、誰もそれを見ないという意味です。アメリカの社会保障、とくに年金はまさにこのゾウでしょう。高齢者が受け取る年金は若者の過重な負担に支えられている、これを変えなければならないと専門家が訴えています(For the Good of the Country, Older Americans Should Work More and Take Less. By C. Eugene Steuerle and Glenn Kramon. Oct. 26, 2023. The New York Times)。

 高齢者の年金を減らそうと、明言する人はどこにもいません。保守、リベラル、穏健、過激を問わず。でも私たちは声をあげると、シンクタンクの研究者、C・E・ステュールさんとスタンフォード大学で教えるG・クレイモンさんのふたりはいいます。ともに70代の高齢者です。
 ふたりは指摘します。1940年にはじまったアメリカの社会保障は、当時多数だった若者が少数の年寄りを支える制度だった。80年後のいま、人口構成は逆転したのにおなじ制度が維持され、多数の高齢者を少数の若者が支えている。そのために教育や気候変動への支出が減り、国の借金だけが増えている。これを変えなければならない。
 年金の支給年齢を上げるか、税金を増やすか。

 1960年代、アメリカの平均的な65歳の夫婦が生涯に受け取る年金の総額は33万ドルだった。いまそれが110万ドルにもなる。一方夫婦が支払う保険料は65万ドルにすぎない。かつて高齢者1人を支える現役世代は4人もいました。それがいまは2.7人になっている。20年後には2.3人に減るでしょう。
「若者世代が制度の改革を主導しなければならない。改革が遅れれば遅れるほど、彼らは将来受ける支援が少なくなる。自分たちの親や祖父母がしたのとおなじように、声をあげ行動しなければならない」
 がんばれ、若者世代。

 もちろんアメリカと日本は事情がちがうけれど、基本的な構図はおなじです。対策は年金を減らすか、借金を増やすか、増税するかしかない。
 日本は借金を増やすだけでした。これは解決ではありません。ごまかしです。ぼくらの社会をどう作るか、社会保障はどうあるべきか、議論をしないまま国債だけを際限なく発行しつづけてきた。将来の世代に、ますます巨額の負債を押しつけてきたのです。

 ぼくはここで声を大にしていいたい。もう増税するしかない。
 でも、ウッと詰まる。いまの税金の使い方は、あまりにも安易でおかしい。こんなふうに使われるんじゃ、増税なんて許せるはずがない。叫びたくても叫べない。
 がんばれ、日本の若者世代。
 ゾウはそこにいるんだから。
(2023年11月1日)