台湾の先住民・追補

 きのう、台湾の漢族の若者が“先住民になる”話を書きました。
 ぼくにとってはじつに刺激的な出来事なので、この話を考えるポイントを2,3追記します。話の元はワシントン・ポストの記事です(Taiwan’s Han Chinese seek a new identity among the island’s tribes. April 4, 2022, The Washington Post)。

 台湾のツァイインウェン(蔡英文)総統は、祖父母のひとりが台湾の先住民、パワン族の出身です。だからでしょう、積極的な先住民政策を進めています。

ツァイインウェン台湾総統
(Credit: CSIS, Openverse)

 ツァイ総統は2016年、かつて台湾が先住民の土地を取りあげ、固有の言語や文化を禁止する同化政策を進めたことを先住民に謝罪しています。そのうえで少数言語を学校で教えること、雇用を進めることなど、積極的な先住民支援政策を打ち出しました。
 圧倒的多数派の漢族が、少数民族である先住民と和解し、多様性、共生に向かう大きな潮流が生まれたのです。そうした流れのなかで、漢民族の若者たちが“先住民になる”生き方に引かれたのでしょう。

台湾先住民の”豊年祭”
(Credit: 盈盈設計影像網, Openverse)

 しかも漢族が先住民社会に入りこもうとしたとき、それが「血縁」によるものでないことが重要な意味を持ちます。
 先住民部族のひとつであるララウラン族の長老、ジョン・ルーさんはいいます。
「もしも血のつながりだけを考えていたら、私たちは迷路に入ってしまう。文化をよみがえらせることもできない」
 外からくる漢族であっても、自分たちの文化、共同体を受けつぐならよろこんで迎えいれるといいます。
「みんなが集まれば、物語を記憶できる」

 こうした動きのすべてが、強大な中国による台湾統一への抵抗に向かう物語になります。
 2019年、中国の習近平主席が台湾統一のために必要なら武力行使も辞さないとのべたとき、台湾の「先住民歴史正義委員会」はこれを真っ向から批判しました。
「われわれはここを母なる土地とし、6千年以上住みつづけてきた。何世代にもわたって生命を守り受けついできた土地であり、聖なる場所だ。台湾は中国に属してはいない」

 とはえい台湾漢族の先住民化を、政治的文脈で捉えてはならないでしょう。
 多様な人びとが多様な形で共存するうえでの、もっとも先鋭な形のひとつだ受けとめたい。「ひとつの中国」に対する「多様な台湾」は、全体主義と民主主義の対立よりもさらに高い理念を掲げた戦いになるのではないか。最先端の思想が生まれる島では、最先端の生き方もはじまっている。
 と、台湾の動きにぼくの妄想はふくらむばかりです。
(2022年4月21日)