国が産めというとき

 上野千鶴子さんの著書は中国でもベストセラーになっている。
 と、アメリカの社会学者、ホン・フィンチャー(洪理达)博士がいっています。
 そうか、中国女性もどんどん社会的な地位を強めているんだと思いたいけれど、話は逆です。習近平体制のもとでフェミニズムは否定され、女性は結婚しろ子どもを産めと強烈な圧力を受けている。せめてもの抵抗として彼女らは上野さんを読んでいるけれど、それもいつまでつづくかという話のようです(Young Chinese Women Are Defying the Communist Party. By Leta Hong Fincher. Nov. 26, 2023. The New York Times)。

H・フィンチャー博士(社会学、中国研究)
(Credit: slowking4, Openverse)

 アミーというひとりの女性の例を、フィンチャー博士が紹介していました。
 25歳になって結婚しないアミーを、家族は寄ってたかって追いつめていた。その年で結婚しないなんて一族の恥だ、30歳までに結婚しなければお前の価値はなくなると父親が脅す。どうしても結婚しないなら、あたしは飛び降り自殺すると母親が迫る。勤め先では上司が、誰だかわからない相手とのデートを強要する。

 アミーは結婚せずに30歳を超し、ようやく家族もあきらめたようです。彼女はキャリアと自由を手に入れた。けれどそうでない女性たちのなかにはたいへんな思いをしている人も多いと、2010年代に中国の現地調査を行ったフィンチャー博士はいいます。中国女性は日本や韓国、台湾とおなじように結婚を遅らせたりやめたりして、子どもを産まなくなった。

 2021年の世論調査によれば、都市部に住む18歳から26歳の若者の30.5%は「結婚を信じていない」と答えている。その4分の3が女性です。これをなんとかしなければと、政府は結婚を奨励し、女性が家庭に入り子どもを産むことを中国近代化の名において要求するようになった。いま女性は離婚も中絶もむずかしくなり、男性は不妊手術(精管切除)が受けにくくなっている。つまり国は露骨に産めよ増やせよといっています。
 フェミニズムは西欧の有害なプロパガンダと否定され、中国版ミートゥー(#MeToo)を主導した女性は投獄された。けれど上野千鶴子さんの著書がベストセラーになったということは、中国女性が政府とはちがう思いを抱いているということでしょう。
「彼女たちは表立って国の政策を批判しない。けれど産まないと選択することで、中国共産党にとってのさし迫った複雑な問題となっている」

 習近平主席は多くの政治闘争に勝利し、ゆるぎない独裁体制を築いてきました。けれど女性の身体までは支配できなかった。その唯一の歴史的敗北から立ち直るべく、あらゆる方策を駆使して共産党支配は女性の身体にまで及ぶことを証明しようとしている。はたして中国女性は産めよ増やせよ路線にどこまで抵抗できるか、これは日本や韓国では想像がつかない究極のフェミニズム闘争になるでしょう。
(2023年11月29日)