支援の形・2

 医ケア児のこれからについて、イベントでの議論にぼくは違和感を感じました。でもそれは当事者や支援者への批判ではありません。批判などできるわけがない。
 では何がいいたいのか。
 それは、これはやっぱり「ゴチャまぜ路線」でいきませんか、ということなのです。
 医ケア児がいる。その介護をする人がいる。介護する人を支える人がいる。うようよ、たくさん。何をしているかわからない、一見役に立たない人もいる。そういう人間集団。役割分担も責任もひとまずおいて、ゆるやかというよりはむしろいいかげんにつながった人びと。そのなかに、たまたま医ケア児もいる。それがぼくのイメージする「ゴチャまぜ路線」です。

 専門家、運動家は、「ああ、それ、多様性と包摂ですよ」というかもしれない。でもぼくのイメージはもっと素人っぽい、未熟で混乱した人間集団です。
 血縁で結びついたのではない大家族、のようなもの。近代以前、あるいはアナーキー。
 そんなのできるわけないでしょと切り捨てられますよね、専門家には。いったいどうやったらそんなコミュニティができるの? 無責任。寝言をいうのはやめなさい。

 でもぼくはいうのです、寝言を。
「あれがいいな」と思うから。
 そういう人間集団を自分の目で見たと思うから。北海道浦河町で。
 浦河ひがし町診療所の精神科デイケアで、診療所のグループホーム「すみれ」で、小規模多機能施設「いろり」で、つねにゴチャまぜになろうとする人びとの暮らしをぼくは見てきました。
 おとなも子どもも、障害者も健常者も、病気の人もそうでない人も、車椅子の人も酸素ボンベの人も、認知症の人もそうでない人も、適当にいいかげんに集まって暮らしている。そのゆるやかなここちよさ、いいかげんの安心。そこに医ケア児が加わっても何の違和感もない。

 当然ながらトラブルや問題は山ほどある。しかもそれがスッキリ解決できない。それは浦河の、少なくともひがし町診療所のあたりで起きるトラブルや問題は、ルールや法律や制度では解決できないからです。そうではない、ゴチャゴチャに任せる。そしたらいつのまにかなんとかなっている。これは物事を管理し、ルールに則ってスッキリ進めたい人には耐えられない世界でしょう。何といっても、そこにあるのはゴチャゴチャの力ですから。

 ぼくはいま、浦河にくらべればずっと“すっきりキレイでゆたかな町”横浜に住んでいます。でも最近、息が詰まるなあとよく感じるようになりました。ここではいくら「浦河的ゴチャまぜ」の話をしても、なかなか通じないからです。多くの人は、浦河っていいですよねといいながら、ピンときてはくれない。ゴチャまぜ路線が可能だとは、現実にあるとは、とても思えないのでしょう。見たことのないものは存在しない。
 そこにある落差を、ぼくは考えつづけます。
(2023年8月9日)