民主力

 四方の海、など波風の立ち騒ぐらむ。
 台湾の人びとはいま、こんな心境でしょうか。
 波風は、アメリカ議会下院のナンシー・ペロシ議長が台湾を訪問したことで激しくなりました。米国要人の台湾訪問は許せないと激怒した中国が、軍艦や戦闘機をくり出して大がかりな軍事演習をはじめ、台湾を威嚇しています。

N・ペロシ米下院議長と蔡英文・台湾総統
(台湾総統府サイトから)

 一気に高まった台湾海峡の危機にかんして、いちばんぼくの印象に残ったのは若い台湾人学者のニューヨーク・タイムズへの寄稿でした。
「ナンシー・ペロシに感謝する」という題の、台湾中央研究院のユージエ・チェン(陳玉潔)博士の寄稿です。(I’m Taiwanese, and I Want to Thank Nancy Pelosi. By Yu-Jie Chen, Aug. 5, 2022, The New York Times)

台湾中央研究院のユージエ・チェン博士
(本人の Twitter から)

 チェン博士は、中国が米国要人の台湾訪問に怒るのはいつものことだが、今回は特別だったと指摘します。それはペロシ議長がアメリカ立法府の長であるだけでなく、中国の人権抑圧を長年にわたり厳しく批判してきたからです。議長が台湾を去るとともに、中国は武力侵攻のリハーサルのような高圧的な軍事演習をはじめたけれど、それで台湾がパニックに陥ることはありませんでした。
 なぜなら台湾には「生き生きとした民主主義があるからだ」とチェン博士はいいます。アメリカの連帯に感謝し、他の民主主義国も台湾と連帯してほしいともいっている。
「もしも台湾が中国に飲みこまれるようなことがあれば、世界はひとつの輝かしい民主主義を失うことになる」
 この一文に、胸を突かれました。

自由広場(台北市)

 いまの台湾は「輝かしい民主主義」の国だと、チェン博士はいいます。その輝きが、武力によって地上から消されてもいいのか。
 彼女は、ことの本質は「中国の軍事力」と「台湾の民主力」の対立だといっている。
「中国は民主主義を恐れている。中国が台湾を脅すのはそのためです。中国は自分たちのような専制国家が民主主義よりすぐれているというけれど、台湾にいる2300万人の一人ひとりがその主張を覆す存在となっている。一人ひとりが北京の共産党プロパガンダに対する明確な反証になっているのです」

 台湾は軍事力で圧倒的に劣るかもしれない。けれど民主主義の力で中国を凌駕する。
 力で劣っても、人として劣っていない。
 乱暴者の脅しに、徳と倫理の高さで向かう。まぶしいまでの主張です。
(2022年8月9日)