資格より資質

 ワクチンの注射は、看護師にさせればいい。医者は本来医者がすべき大事な仕事に専念した方がいいんじゃないか。
 これまで6回、コロナの注射を受けていつもそう思いました。だいたい看護師の方が注射はうまいし、患者は安心していられる。でも日本のシステムでは、看護師は医師の監督のもとでしかコロナの注射ができない。これ、おかしいなとずっと思っていました。

 もちろん、注射した患者が急変したらどうするか、などの問題はある。でも緊急事態でほんとに役立つのは、資格ではなく資質ではないか。経験のない医師より、機転のきく看護師が患者を救うかもしれない。訓練さえ受けていれば。

 そんなことをあらためて考えたのは、アメリカではますます看護師の独立性を認め、医者なしの医療が広がっているからです(Medicine without doctors? State laws are changing who treats patients. By Shera Avi-Yonah. August 20, 2023. The Washington Post)。

 医者なしの医療の中心になっているのは、NP(nurse practitioner)と呼ばれる人びとです。日本語訳が見当たらないので、ここでは医療看護師としておきましょう。看護師というより、実態としては家庭医に近い。看護学などの分野で修士以上の学歴があり、500時間以上の臨床訓練を受け、試験に合格した“上級看護師”です。博士号を持つ人もいる。この資格があると、一定の範囲で医師とおなじように患者の診察、診断、検査、薬の処方、治療ができます。アメリカにはいまNP、医療看護師が35万人います。

 医療看護師は、かつては医師の監督下に置かれていました。独自の診療を行うことはできなかった。
 それが1994年、5つの州で法律ができ、医療看護師は医師の承認がなくても医療行為を行えるようになりました。そういう州の数は、いま27にまで増えています。つまりアメリカの半分以上の州で、医療看護師は医師から独立して診療ができるようになった。プライマリ・ケアの分野では欠かせない存在です。

 その権限と活動分野をさらに広げよう、という動きがあるそうです。
 これに反対する医師会は、保守系政治家に働きかけるなどの政治活動を展開している。でも学術団体である全米医学アカデミーが医療看護師はさらに自立性を認められるべきだと主張しているので、看護師の進出は止まらないでしょう。背景には、地方や過疎地の医療を誰が引き受けるかという課題もある。医師不足も深刻だし。
 これをそのまま日本に持ちこんでもうまくいかないかもしれない。でも考えてもいいのではないか。看護師でも力のある人はたくさんいます。その力を埋もれさせないためにも。
(2023年8月23日)