麻薬と疼痛

 社会全体が麻薬漬けのようなアメリカでも、こんなことが起きているのかと意外でした。
 疼痛、痛みを抱える人たちに、救いとなるべき麻薬がちゃんと処方されていないというのです。麻薬の過剰服用で年間10万人が死んでいるアメリカで、医療手段としての麻薬が適切に処方されていない。それは「麻薬を理解しない」ひとつの社会から出てくる二つの現象だ。この社会は他者への共感を欠いている。そんなオピニオンが目に止まりました(We’re Thinking About Pain All Wrong. By Maia Szalavitz. Dec. 24, 2023. The New York Times)。

 自身も依存症だった“麻薬ジャーナリスト”、マイア・サラヴィッツさんはいいます。
 麻薬対策で前のめりになる社会が、疼痛に苦しむ人から麻薬を遠ざけている。皮膚が痛み、硫酸をかけられているようだと訴える女性は、麻薬を処方してもらうために、がんになれたらどんなにいいかといっている。交通事故の後遺症で痛みに苦しむ男性が最近自殺したけれど、こうした自殺者のリストは長くなる一方だ。このままではさらに長くなるだろう。
 なぜ痛みに苦しむ人たちに麻薬、痛みを抑える薬を出さないのか。

 サラヴィッツさんは、麻薬の過剰服薬による死者が急増したことで、医師は患者への投与を控えるようになったといいます。2012年以来、処方される麻薬(系の薬)の効果(薬効)は60%も減り、処方される症例数も半減している。いまでは2千万人のアメリカ人が、疼痛のために日常生活を送れないでいるといいます。

 なぜ社会は、これほど痛みに冷淡なのか。
 サラヴィッツさんは「それはまず言語の問題なのだ」といいます。英語には、痛みを表現する語彙があまりにも少ない。ヴァージニア・ウルフはいっている。「痛みに苦しむ人は、医者に伝えようとしてもそのためのことばがみつからない」
 それは痛みが目に見えないから。
 目の前にどんなに痛みを訴える人がいても、その痛みは見えない。
 それどころか、人間の歴史は痛みを「罰」ととらえる傾向があった。聖書には女性の出産の痛みは、イブが天国で罪を犯したことへの罰だと書いてあるではないか。いまでもそうしたとらえ方は尾を引いている。痛みは「耐えなければならない試練」なのか。

 こうした論考を重ねながら、サラヴィッツさんは疼痛に苦しむ人びとへの共感を訴えます。その一方で、麻薬を処方したからといってただちに依存症が増えるわけではないと、科学的な理解を求めています。
 麻薬を頭から否定し、医療的にもごくかぎられた形でしか認めない日本から見ると、これは「おとなの議論」でしょう。健康を、身体を管理するのは、国家なのか自分なのかというテーマも、ここにまた浮びあがります。
(2024年1月23日)