ケベック州のMAID

 カナダのMAID、医療幇助死(安楽死)について、ぼくはずっと注目してきたので、その議論をこのブログでも何度か紹介しました(2023年4月28日ほか)。
 いまカナダでは30人に1人がこの方法で自らの最期を決め、実行しています。もはや特別なことではなくなったけれど、一方では議論も起きています( In Quebec, a warning that more euthanasia means more risk. By Charles Lane. September 13, 2023. The Washington Post)。

 MAID(Medical Assistance in Dying)は、末期のがんなどで治る見込のない人が、医師の処方する薬で自ら命を断つ方法です。医師の診断や本人の意志確認にきびしい基準があるけれど、カナダでは2年前に基準が一部緩和され、末期の症状がかならずしも「耐えがたいもの」でなくてもよくなりました。その影響もあり、去年MAIDで最期を迎えた人は1万29人、前年より35%も増えています。
 2016年以来、MAIDで死んだカナダ人は3万人、いまやカナダはベルギーやスイスを超え世界でもっともMAIDの普及した社会になりました。。

 これだけ増えると、まちがいも起きるのではないか。そうした心配を反映するちょっとした論争が起きています。
 カナダでもとくにMAIDが増えているケベック州で、MAIDを監督する立場にある州政府の終末期ケア委員会が、地元医師会に「警告」の公開書簡を送ったのです。このなかでマイケル・ビュロー委員長は、MAIDのなかには法に「適合していない例」があるといっています。
 ビュロー委員長によれば、ケベック州で施行された3663例のMAIDのうち、15例がケベック州法に適合していませんでした。内訳は、3例で安楽死を注射する時点で本人に同意する能力が失われており、6例で「重症で治癒不可」の条件があてはまらなかった、また1例はきちんとしたセカンド・オピニオンがえられていなかった、などです。

 これに対しケベック医師会の会長は、ビュロー委員長の指摘は専門的な知識を欠いており、指摘された15例はいずれも法からの逸脱はなかったと反論しています。
 この議論を見ると、意図的な違反はないにしても、疑問となる例は出てくることがわかります。とはいえ人間の最期をめぐるやり取りは、第三者が記録を見ただけでは判断できないものが含まれるのではないか。ぼくはそんなふうに受け止めました。

 カナダのMAIDは、きわめて厳しい規制のもとではじまっています。さまざまな議論を経て、少しずつ現実に合わせ規制をゆるめてきました。ゆるめるというより、現場の声を反映し変化してきたということでしょう。そうした進め方に多くの国民は納得している。だから市民団体の調査(Ipsos)で、MAIDを支持する人は去年86%にもなりました。55歳以上の高齢者では90%です。
 最期が近い人ほど、最期を真剣に考えているのでしょう。
(2023年9月15日)