内なる戦い

 ウクライナのなかで、もうひとつの戦いが進んでいる。
 汚職にみちたウクライナを、いかに透明で公正な社会に作り変えるか。この戦いはウクライナの内部問題のように見えて、じつはロシアを含めたこの戦争全体のメイン・テーマではないか。そんなことを考えさせる論考がありました(Can Samantha Power Win the Battle for Ukraine’s Future? By Bret Stephens. Sept. 13, 2023. The New York Times)。

 保守派の論客、ブレット・スティーブンスさんの長文のオピニオンです。彼はUSAID(米国際開発庁)のサマンサ・パワー長官に同行し、ウクライナを現地取材しています。
 ウクライナはかつて、オリガルヒと呼ばれる一握りの富豪が支配する国でした。汚職と不正はアフリカのアンゴラ並みと、国際NGOに評価されるほどだった。そのウクライナへの援助がどう行われているか、現場を見るのが彼の取材の目的でした。

ウクライナを視察するS・パワー・USAID長官(写真右)
(資料映像 Credit: USAID, Openverse)

 インタビューに応じた女性実業家のひとりが印象的です。スベトラナ・ミロンチュクさん、32歳。独立国家となったウクライナに生まれ育った、「最初の独立世代」です。ロシアはいまなお旧ソ連以来の汚職と不正、恐怖と抑圧の政治に囚われている。けれど自分たちは、ロシアから自由になった新しい世代として新しいウクライナを作るといいました。
 これは「ホモ・ソビエティクス Homo sovieticus」からの決別だと、スティーブンスさんはいいます。ホモ・ソビエティクス、すなわち思考と文化、生き方のすべてが旧ソ連に囚われた人びと。ウクライナは、そこから抜け出そうとしている。自分たちの存在を賭けて。

ロシアからの解放をよろこぶウクライナ市民
(2022年11月、ヘルソン)

 ウクライナの汚職と不正との戦いは、ただの浄化運動ではない。ソ連的なもの、プーチン的なものの拒絶でもある。
 かえりみれば、ゼレンスキー大統領の公約は腐敗の撲滅でした。国防相と国防省の副官全員を更迭したのも、軍上層部の不正を追求するためです。徴兵事務所の全責任者を解雇し、オリガルヒのひとりを政治生命の危険を冒してまで逮捕したのも、腐敗追放の公約のためでした。ロシア的なウクライナから、独立国家ウクライナに生まれ変わる長い戦いが、ロシアとの戦争と並行してつづいています。

 ウクライナへの民生支援を進めるUSAIDのパワー長官はいいました。
「全体主義と私物化の社会か、民主的、透明で包摂的な社会か。その戦いが地球上のあらゆるところで起きている」
 ウクライナの汚職摘発は、その一部です。
 内と外との二重の戦い。たいへんな歴史的苦難を負わされたものです。けれどウクライナの強さは、なぜそうしなければならないか、苦難の目的を多くの人が知っているところにあるのでしょう。
(2023年9月19日)