ツチダンゴ

 イノシシにはいま、いいイメージがありません。
 近年ますます数が増え、農作物を食い荒らすようになった。人を襲うこともある。高齢化と過疎化が進む地方ではまさに害獣です。そのイノシシが、ヨーロッパでは高濃度の放射能を帯びていると聞いて驚きました。
 でも、なぜシカやキツネではなく、イノシシだけが突出して高濃度の放射能を帯びているのか。長年のナゾが、「ツチダンゴ」のせいだとわかりました(Scientists finally know why Germany’s wild boar are surprisingly radioactive. September 3, 2023. The Washington Post)。

イノシシ

 ヨーロッパのイノシシは、かねてから高濃度の放射性物質セシウム137を持つことが知られていました。これは1986年に起きたチェルノブイリの原発事故のせいだとされてきた。でもどうもおかしい。なぜイノシシの放射能は、遠く離れたドイツやオーストリアで高いのか。なぜ近年、ほかの動物の濃度は下がっているのにイノシシだけは下がらないのか。

 それはチェルノブイリのせいではない、と突きとめたのはウイーン工科大学のゲオルク・シュタインハウザー教授です。原因は1960年ごろまでつづいた大気圏内での核実験にあると、アメリカ化学会の専門誌に発表しています。
 セシウムは原発でも核実験でも出てくるけれど、原発の場合は135が多く、核実験では137が多い。この差に注目して分析し、教授はドイツのイノシシには137が多いことを突きとめました。ドイツのイノシシは原発ではなく、核実験から出たセシウムを体内に蓄積していたことになる。

 どうしてそうなったのか。それはイノシシが、土中にできるキノコの一種であるツチダンゴを好んで食べるからでしょう。このツチダンゴに、60年前の核実験のセシウムが含まれている。核実験のセシウムは世界中に飛散したけれど、地表に降りてから土中に沈む速度はきわめて遅く、年に1ミリ程度とされる。それが最近、地下数センチに達し、土中のツチダンゴの根から吸収されていると考えられます。イノシシはツチダンゴを食べ、セシウム137を体内に蓄積している。シカやキツネはそんなもの食べないから、イノシシとの差はここでついたのでしょう。

ツチダンゴ(トリュフ)の採取

 ツチダンゴは一般にはトリュフともいわれる。でもイノシシが食べるトリュフは、人間が食べる世界三大珍味のひとつのトリュフとは別で、おなじツチダンゴ属でも食用にはならないそうです。
 またイノシシにセシウムあるといっても、人間が食べるには問題のない微量レベルとされる。福島でとれた魚とおなじですね。
 とはいえ、とっくに過去のものになったと思いこんでいた地上での核実験が、60年たったいまも地球に痕跡を出しつづけている。ぼくらはこの地球に何をしているんだろうと、そこはかとなき不安を覚えます。
(2023年9月6日)