ヤギで判定

 ヤギを飼いたい。
 診療所の川村敏明先生がまたつぶやいています。ずっと前からヤギ、ヤギといっているけれど、いまだに実現していない。
 7年前に米づくりをはじめたとき、田んぼのまわりにヤギ放して雑草を食べてもらうという話がありました。でも立ち消えに。
 去年グループホーム「すみれⅢ」ができたときも、家の前の原っぱでヤギを飼ったらいい風景になる、といいながらそのままです。

 今回もまた、つぶやいてはいるけれどどうなるか。
 そこで、スタッフのひとりがいいました。
「ヤギって、かわいくないんですよね」
「ほお」
「あれ、犬猫とちがって人間になつかないんです。引っ張ってもすなおについてこない。勝手に草食べるてるだけ」
 ヤギなんて飼ったら苦労しますよというニュアンスですが、それで妄念が消える先生でもない。
「いうことをきかない?」
「怒ってもダメなんですよ、ヤギは。こっちが試されるんです」
 おお、それだ、と先生がひらめきました。使える。
「こっちのいうとおりにならない。勝手なヤギ、それが散歩でわかる? 思いどおりにならないことがあるってことだな。ヤギに腹を立てるようじゃ、そこがまだわかっていないってことになる」
「リワークの人なんかにいいかもしれない、ヤギの散歩させると。思いどおりにならないときは、あきらめるしかない。そこ、どう耐えるか。職場でも人間関係でも。ヤギでわかります」
「ヤギで判定、いいなあそれ、あっはっは」

 冗談ですが、ぜんぶが冗談でもない。
 リワークというのは、職場で行き詰まり精神科を受診することになった人たちの、再度の復帰を応援するプログラムです。精神科のなかではそれほど深刻ではないと見られる領域ですが、ここでもまた困難のもとには人間関係があります。
 思いどおりにならない。病気でも人間関係でも自分自身のことでも。そこにどう向きあうかが、行き詰まりからどう抜けだすかにかかわってくる。
 ヤギと歩けばわかるわけではないけれど、肝心なのはそういうふうに話をずらすこと。ずらすと、ものごとは少しよく見えるようになる。その呼吸を、冗談にのせて語り合っています。
(2022年5月20日)