施設を否定する施設

 アメリカのホームレス問題がコロナ以降、急激に悪化しています。
 政府統計によれば2022年のホームレスは65万人、前の年より12%も増えました。大都市はどこも路上のテントが目立ちます。
 ホームレス対策の柱となっているのがシェルターです。ホームレスを一時的に収容し、社会復帰につなげようとする。ところがホームレスのいのちの綱であるシェルターに異変が起きている。空いているのに、人を入れないという動きが出てきたのです。
 そりゃあシェルターもたいへんだ、制度の崩壊かと思ったら、さにあらず。
 入れないほうが、うまくいくという話なのです。ここには福祉への根源的な問いかけがあります(The Shelters Keeping People Out of Shelters. March 7, 2024. The New York Times)。

 一例として報じられたのは、コネチカット州のマーシャルハウスというシェルターでした。
 ここは、シェルターにやってくる人に「シェルター回避」とか「問題解決」と呼ばれる新方式で対応している。空いたベッドがあっても、すぐには入れない。話しあい、知恵を絞り、シェルターに入らなくてもすむ方法をさがします。
 ある日やってきた子連れの女性は、家賃が払えず家主に追い出されました。親兄弟にも頼れず、路上で寝るしかない、シェルターに入れてくれと訴えました。ふつうはオーケー。でも担当者は受け入れませんでした。あなた、何かないの、どっかに手はあるでしょ。食いさがって追いつめる。すったもんだのあげく、もしかして、と女性がつぶやく。うん、何? ボーイフレンドの妹なら、泊めてくれるかもしれない。そう、それ、やってみよ。
 担当者は相手に連絡し、なんとか交渉をまとめる。わずかな額の謝礼も支払って。

カリフォルニア州のシェルター
(Credit: HUD, Openverse)

 解決ではなく、あくまで一時しのぎ。
 ボーイフレンドの妹といったって、突然やって来た親子連れをいつまでも泊めることはできない。泊めてもらう方も、他人の家にいるおじゃま虫で強いストレスがある。でもがまんすることで、若干の日にちをかせげます。その間に女性は次の滞在先を探しました。
 そうやって綱渡りしながら、どうにかこうにか立ち直ろうとする。
 福祉は、そこを援助する。もがくのを助ける。めんどくさいけれど。

 シェルターに来た人をシェルターに入れず「追い返す」やり方は、成功率が高いわけではありません。けれど関係者は手ごたえを感じている。シェルターはいったん入ると抜け出せないし、抜け出してもまたシェルターか路上にもどる「マイナスのサイクル」を育ててしまう。「シェルター回避」にはポジティブな可能性があります。
 シェルターがシェルターを否定する。
 それは緊急時や一時しのぎとしての施設はあっても、解決ではないということです。施設の前で考える、悩む。それがまわりくどいようでも大事だということでしょう。
(2024年3月19日)