目ざす病気の姿

 認知症の治療に、ひとつの可能性が開けました。
 レカネマブとドナネマブ。2種類の、まぎらわしく、しかも舌を噛みそうな新薬があいついで登場したためです。
 いずれも、認知症を「治す」ことはできないけれど「進行を遅らせる」ことはできる。副作用は強いし高価で問題はあるけれど、これまで不可能とされてきた認知症の治療が原理的に可能となったということでもある。時代は変わったと思いました(Treating Alzheimer’s Very Early Offers Better Hope of Slowing Decline, Study Finds. July 17, 2023. The New York Times)。

 最初に登場したのは、エーザイが開発したレカネマブです。
 7月4日、アメリカのFDA、食品医薬品局が新薬として認可しました。認知症のなかでも、アルツハイマー型と呼ばれるタイプの初期の段階で投与すると、病気の進行を遅らせることができます。
 その2週間後に登場したのは、イーライ・リリーのドナネマブです。
 こちらも、おなじく初期段階のアルツハイマー型認知症に投与する。医学専門誌「JAMA」の最新号に治験の成果が掲載されました。FDAの認可も時間の問題でしょう。
 どちらも、1年半投与すると認知症の進行が数か月遅れる、といった効果があります。
 アルツハイマー型認知症は、脳内にアミロイドというタンパクがたまって発症しますが、このアミロイドを抑制するモノクローナル抗体と呼ばれる免疫物質であることも、2つの薬に共通しています。

 問題は、副作用があること。脳の出血や浮腫(腫れ)を起こすことがあり、まれに重篤な症状になります。
 それに高価です。レカネマブは年間2万6500ドル、360万円もするらしい。それで完治するならともかく、「遅らせる」だけでは二の足を踏む人が多いでしょう。おまけにどちらの薬も、一定以上に症状が進行した大部分の認知症は適応にならない。
 ま、ぼくには縁がありません。

 でも17日のBBCニュースを見て、ややこころが揺れました。
 実際にドナネマブの治験を受けた、80歳の患者が証言していたのです。たしかに薬は効いた、自分はよくなっている。それだけではない、画像を見ると認知症の原因である脳内のアミロイドが明らかに減っています。これだけの効果があるならやってみようかという気にもなる。もし保険が適用になったら。

 その一方で、治そう、止めようとばかりしていたら、道を誤るかなとも思います。
 認知症は病気じゃない、個性だという言い方もある。
 ぼくが目ざすのは「楽しい認知症」、そうなるためにはどうするかを、もっと考えなければ。
(2023年7月20日)